生産者
嘉永元年創業の澤田酒造がつくる白老
2020.12.15
知多半島と日本酒は、この地の歴史を語るのには欠かせない深い繋がりがある。そんな知多の酒蔵の中でも老舗である澤田酒造が位置するのは、常滑市の南部にある古場(こば)町。酒蔵から少し歩けば伊勢湾が目の前に広がる、そんな海風を感じられる場所で、今でも古式伝承を大切に、基本に忠実な製法から白老(はくろう)はつくられている。
― 常滑の酒の歴史
知多半島には今でも6つの酒蔵があるが、かつては更に数多くあったとされている。それほどまでに酒造りが活発だった理由のひとつに、穏やかな内海に囲まれた知多半島の地の利を活かした海上の交通網がある。特に酒は尾州廻船にて、名古屋や静岡、東京まで出荷されており、明治初期には灘の酒と並んで日本で最も量がつくられていた。
― 白老の古式伝承は、米作りから
澤田酒造で原料とされる米は、兵庫県産の山田錦、広島県産の八田錦、北陸地方産の五石万石、そして澤田酒造の自社水田で栽培した若水などを厳選して使っている。冬につくる「寒づくり」を行っており、その方法はまさに伝統そのもの。特に、甑(こしき)と呼ばれる木製の大型せいろに米を敷き詰め、性質に合わせた蒸し方を未だに行っている造り酒屋は、全国探してもわずかしか残っていない。甑は釘を一本も使わずつくられているので、鉄分を嫌う酒造りにとても良いのだが、そもそも甑をつくる職人がほとんどいないのが現状で、伝統を守ることが難しい時代になっている。それでも甑にこだわるのは、米の外側を固く、内側を柔らかく蒸すことが美味しいお酒を造ることに必要で、知多の酒の特徴である濃厚でありながら一切雑味を出さない特徴を出すことに適しているからだ。
― 米が酒になるまで
酒づくりの総責任者は杜氏と呼ばれ、その蔵の酒の味は杜氏が守っている。まずは田んぼで大切に育てられた酒米を蒸し上げ、麹室でで麹菌を繁殖させる。麹とは蒸し米に麹菌を振りかけ増殖させたもので、麹は米のデンプンを糖にかえる働きをする。それが酵母を食べ、アルコールにかえることによって、日本酒がつくられていく。麹蓋で少量ずつつくった麹は、均一に仕上り、麹菌が深く内部まで入り込み、米のうまみをお酒に溶け込ますことができる。ちなみに、そんな麹蓋を使って酒をつくっているのは、今では愛知県内で白老だけとなってしまった。酒母とは、日本酒づくりに適した酵母を大量に繁殖させたもの。この酒墓は、なき樽という木製の樽に熱湯を入れた物を用いて、約2週間の間、毎日こまめに攪拌を行いながらつくられる。そうして完成した酵母に、麹、仕込み水、かけ米を入れ、もろみをつくる。この作業は発酵むらや雑菌の混入を防ぐために3回にわけて行い、それを三段仕込みという。最後にもろみを絞り、酒と酒粕にわけられる。そうして、昔から変わらぬ製法で、膨大な手間暇をかけてつくられるのが、白老の日本酒なのだ。
― 時代と共に歩む白老
愛知県は醸造調味料の製造が非常に盛んで、この狭い知多半島だけでも砂糖以外の「さしすせそ」が揃う程だ。そういった発酵文化が豊かな場所で、澤田酒造は酒造りを続けてきたという歴史がある。一時期では、澤田酒造の親戚だけで八つの蔵があったと言われる程、この常滑では酒造りが盛んだった。とは言ってももちろん様々なことがあり、特に安政の地震による津波の影響は大きく、海岸沿いにあった蔵が甚大な被害を受け、その時から今の場所に移ったという歴史もある。
商品づくりも時代と共に変化を続けており、例えばそれまでは日本酒のみを製造していたが、15年ほど前に地元の梅を使った梅酒の製造もはじめている。ものづくりの変化ばかりでなく、早い段階で自社杜氏を育てようと動きだし、社内で若い杜氏を育てると言うことにもチャレンジしてきた。さらに最近では、姫路から全く異業種の婿を迎え入れ、新しい風を取り込み続けている。
― 白老という名の由来
澤田酒造のラベルにある「白老」という漢字を見て、どう読んだら良いのかという質問や、由来を尋ねられることがある。五代目や六代目が改めて過去の文献を調べ、そしてこの創業当時から使われている「白老」について判明したことがある。白老の白は、昔は酒を白くしていくことがとても大変なことで、白く良い酒という意味で白をつけ、そして不老長寿と、老成した枝という意味を込めて老のつけ、白老となったとのことだ。
― 澤田酒造の歴史
知多半島の酒と廻船業の関わりの深さの例に漏れず、澤田酒造もまた廻船業との関わりは深い。歴史を調べると、なんと澤田家も廻船業に乗り出していたことが判明した。それぞれの蔵が自前の船をもち、酒を様々な地域へ運んでいたという。
― 知多半島の風土でできる酒
愛知県は比較的温暖で、酒造りにはあまり適していない地域に見えるのだが、冬には中国大陸から冷たい風が吹いてくる。その風は通常日本海岸側に雪を降らしているのだが、琵琶湖を経由した風は大きな山にぶつかることなく冷たいまま知多半島まで届く。その風を「伊吹おろし」や「鈴鹿おろし」と呼び、知多半島の酒蔵はその冷たい風を最大限利用できるように努力してきて、澤田酒造の建物もその冷たい風を一番に受けられる構造になっている。これは知多半島の酒蔵の特徴と言える。さらには、澤田酒造は蔵から2キロほど離れた丘陵部に湧く水を使っており、地域ならではの味をつくる努力をしている。とは言っても、お米は知多半島近隣のお米だけを利用しているわけ出ないのだが、それは知多半島は台風の影響を受けやすく、毎年お酒を造り続ける工夫として他地域のお米も利用しているのだ。
― 酒の中でも日本酒は難しい
お酒を飲むと言っても、今はビールやワインなど様々な選択肢がある。同じアルコール飲料という括りではあるものの、製品になるまでの工程の多さは日本酒が際立つ。絞られるところまでは前出の通りだが、そこからおり引きという作業がある。新酒にはおりが含まれているので、静かにおいておくとどうしてもおりが浮いてきてしまうのだ。更にそれを濾過し、そして火入れという殺菌をする。生のままだと酵素が働き続けて、風味や香りを変えてしまうので、それを止める作業だ。その後貯蔵はタンクや瓶で行い、2ヶ月ほどしてから取り出し、おり引きや濾過をして、その後アルコール度を15度程度まで調整し、再度殺菌してはじめて瓶詰めし、そして店頭に並ぶ商品になる。ワインは単発酵で、ビールは単行複発酵。しかし日本酒は、お米のデンプンが麹の酵素で問うかされて糖分になる工程と、その糖分を酵母が食べてアルコールと二酸化炭素を出すという発酵という工程が、酒墓の時も、もろみの時も行われる平行複発酵。お酒になるために複雑な工程がとられているのだ。
― 澤田酒造の想いがつまった酒
澤田酒造のつくるお酒の目指しているのは、「お米のうまみを引き出した、料理に寄り添った酒」なのだと言う。地元の風土に根ざしたお酒や、豆味噌やたまり醤油を使った魚料理などに合った、地域の料理に合うお酒造りを目指している。他にも、梅酒の原料になる梅は、常滑市のお隣知多市で明治時代からつくられている佐布里梅を使っている。その想いは様々な人に伝わり、評価され、そして2019年に日本で行われたG20サミットのワーキングランチでも「白老梅」が利用されたり、そして梅酒品評会の日本酒梅酒部門で金賞を受賞した。更にチャレンジを続け、お酒が飲めない人でも梅酒を飲んでいるような深い味わいの商品「梅シロップ」の開発も行った。そんな様々な澤田酒造の想いやチャレンジを体感できる酒造解放が、年に1度行われているので、足を運んでみてはいかがだろうか。
詳 細
澤田酒造株式会社
住所 愛知県常滑市古場町4-10
TEL 0569-35-4003
WEB http://hakurou.com/