生産者
鬼崎漁協と鬼崎海苔
2020.12.15
中部国際空港の北に位置する常滑市鬼崎地区では、東京の寿司屋からもご用命のある「鬼崎海苔」が生産されている。木曽三川から流入する豊富な栄養塩はもちろんのこと、実直な多くの漁師達によって生み出された品質の良い鬼崎海苔は、愛知県で生産量1位であり、なおかつ県内シェアの28%を占める。
― 海苔養殖の歴史
漁業と言えば、自然にいる魚や海藻類をとりに行くという印象が強いが、漁業の中でも養殖によって育てられている魚介類も多くある。その中でも海苔は古くから行われている養殖業のひとつではあるが、人工的に海苔の種を取って養殖を行うことができるようになったのは昭和37年頃。それまで解明されていなかった海苔の生態を解明し養殖に成功した熊本県水産試験場の太田扶桑男技師の後席があってのことだ。
― 海苔の謎の生態
かつて海苔が高級品だったのはご存じだろうか。まだ海苔の生態がわかっていない時代は、岩に着いたわずかな海苔をかき集めて食べられていたので、とても手間が掛かるし、ジャリッとした砂や石などが入り込んでしまっていたのだという。それから竹棒を立てて収穫するなど工夫はされてきたのだろうが、とても手間が掛かっていたことは容易に想像できる。
しかし、今では海苔はコンビニのおにぎりでも使われるほど庶民の食べ物となっている。それは海苔の生態が明らかになったからだ。イギリスの海藻学者ドゥルー女史によって貝殻の中で夏を過ごすという生活サイクルが発見され、そして太田技師によって研究が進められて人工的に海苔の種を取って養殖を行うことができるまでになった。海苔づくりにおける最初の一歩は、海苔の元となる「糸状体殻胞子」のついたカキ殻などだ。ちなみに、常滑ではカキ殻の養殖は行われておらず、国内の産地から買い付けをしている。
― 鬼崎の海苔づくり
海苔作り最初の一歩は、カキ殻から網に移す作業からはじまるいわゆる「採苗」だ。カキ殻を入れた水槽に大きな水車が取り付けられており、その水車には長い海苔網が巻き付けられている。水温などの具合でカキ殻から網に海苔の種が移らせたいのだが、これが目に見えるサイズの動きではないので、素人が見ていても何が起きているのかさっぱり理解できない。もちろんプロでも肉眼で判断するのは難しいので、顕微鏡を使って網に種が付着しているのか確認しながら作業が続く。この作業は1年分収穫する量を一気に行うので、水車に網を取り付けては、種の付着を確認してから取り外すといった作業を何度も繰り返し行う大変な重労働だ。鬼崎では漁業組合の全員が同時に行うので、採苗当日には日が昇る頃と同時に漁港を水車が埋め尽くし、鬼崎ならではの風景をつくりだしている。
この日に種をつけた網の全てがいきなり海へ投入されそうだが、実はそうではない。もちろん作業時間の都合もあり、いったん冷蔵庫に入れて近日中に海へ投入されるものもあるが、網ごと冷凍保存されるものも多くある。その目的は、時期をずらして海苔の収穫を続けるためだ。一度に養殖できる場所が限られているというのもあるが、そもそも場所を増やしたところで、その分一度に消費されるわけでもないし、収穫から加工までのスピードが大切な海苔にとっては、収穫量に応じた人や船やトラックや加工場など調整が必要となってくる。もちろん市場にも一度にあふれかえるほど量を出すことは、結果として価格を下げ過ぎてしまうことにもなりうる。そういった様々な理由で、網を冷凍することは都合が良いのだ。ちなみに冷凍された網は収穫が終わった網の後に張られ、網の交換作業は年間で2回ほど行われる。中でも12月に市場に並ぶ「初摘み」の海苔は高価になることが多く、鬼崎の海苔もまた例外ではない。
― 海苔は海の畑で育てるもの
鬼崎の海苔作りをみると、女性の姿を見かける。漁師と言えば「男」の仕事に感じるが、海苔作りの工程では女性が活躍しているのだ。船に乗り、海上で網を張るのを手伝っている姿を見ていると、それは田んぼで夫婦が手を取り合って米を育てている姿と同じだ。海苔は獲物を狩りに行く漁とは雰囲気が違い、海で手塩にかけて海苔を育てて収穫するという、さながら海の農家なのだと気づく。だからこそ、同じ味を作り続ける為には様々なノウハウが必要で、単純に海の環境だけで美味しい海苔が育つわけではないのだ。鬼崎海苔が長年にわたって評価され続けているのも、結局は鬼崎の海苔を育てる「職人」達の腕があってこそ。あまり多くを語らない漁師達の体や頭には、様々な海苔を育てる情報が詰まっているに違いない。
― 海から店までの長い道のり
海で育った海苔を収穫してまずやることは、汚れを落とすこと。しっかりと洗って、さらに細かいゴミなどを分別して美味しい海苔だけを集める。それから長持ちする程度に水分を飛ばす必要がある。この段階の海苔は見た目こそ店頭で見かける海苔と変わりないように思えるが、実は本格的に乾燥させる前の状態。いわゆる「焼き海苔」になる前の原料にあたる「板海苔」の状態だ。海からあげたばかりの、水分をたっぷり含んだ生海苔はとにかく痛むスピードが早いので、漁師の手によって収穫から板海苔までの作業を行っている。板海苔は市場に出荷され、そこで私たちの知っている海苔ブランドの会社等に買い付けされ、それぞれの加工を施されて店頭に並ぶ商品になると言うわけだ。
― 寿司職人が好む、鬼崎海苔の魅力
鬼崎の海苔はなぜ海苔業界や寿司業界で名前が知られていながら、消費者の間ではあまり知られていないのか。その答えは、鬼崎海苔の特徴にある。
海苔にもいくつかの評価ポイントがあり、板海苔になった状態で市場での買い付けの際に厳しく評価される。例えば、黒海苔と他の品種が混ざっているか、厚みはどうか、歯切れはどうか、色はどうか、破れてはいないか、香りはどうか、などだ。そんな様々なチェックをされた結果、鬼崎海苔は「高級」な部類に入ってしまうので、その実力は間違いない。
食べる側が知りたいことと言えば、普段自分が食べている海苔と鬼崎海苔の何が違うのかと言うことだろう。鬼崎漁協組合長曰く「鬼崎の海苔は黒々しく、水分を吸ったときに味と香りがものすごく広がる。私の子供の頃、学校に持って行った弁当と言えば、海苔に包まれた真っ黒なおにぎりがあった。朝のうちにご飯に海苔を巻き付けて持ってくるから、海苔は米の水分を吸ってしんなりしている。でも、だからこそ、鬼崎海苔はうまいと感じる。おにぎりの包みを開けた瞬間ふわっと香りが広がって、海苔の味がおにぎりを包み込んでいた。確かにパリッとしている海苔は、食べた瞬間は味がするけど、鬼崎の海苔はおにぎりを食べた最後までしっかり味が残る感じがする。だから旨いのだと思う」。寿司職人が好むと言われる鬼崎海苔の特徴は、まさに組合長が言うところにある。寿司のなかで海苔が際出すのは海苔巻きで、まさにお米を海苔で巻き、ネタとお米と海苔と醤油のハーモニーを楽しむために選ばれた海苔なのだ。
― 謎だった海苔の魅力を、自分の目で解き明かす
鬼崎漁協には若い漁師達もおり、今もそしてこれからも海苔の生産が活発に行われていくことだろう。旨い海苔を作り続けようとする現場の漁師達からは、海苔の知識だけでなく様々な技や知恵を学ぶことができる。鬼崎漁協では鬼崎海苔の魅力を少しでも多くの人に伝えようとする取組みも行っており、組合員とお話ししながら海苔の勉強をするチャンスもある。鬼崎海苔の魅力を、五感で体験してみるのはいかがだろうか。
詳 細
鬼崎漁業協同組合
住所 愛知県常滑市蒲池3-97
TEL 0569-42-0241
WEB http://www.onigyo.com/